2015-11-17

岡本太郎と中村正義・東京展

2015年10月17日(土)~2016年01月11日(月)という日取りで、川崎の岡本太郎美術館において『岡本太郎と中村正義・東京展』が開催されています。

1503121524591.jpg



 東京展とは私も出品している団体であり、1975年に産声を上げた今年で41回展を数える比較的若い団体展です。

正確には『美術の祭典・東京展』といい、Art exhibition ではなく、Art festival であることが一つ面白いところであります。
このアイデアはまさしく岡本太郎の発案であり、今まで脈々とその精神は受け継がれています。

 希代のカリスマ的画家であるご両人は、奇しくも川崎という土地に縁があり、一緒に大きな組織を飛び出て、一つの理想を持って、この『東京展』を立ち上げたのでした。 (岡本太郎は、今の川崎市に生まれています。また中村正義は愛知県豊橋市から川崎市に移住しました。)
 岡本太郎は二科会を、中村正義は日展を脱退、、という具合に。 もちろんそれは偶然のことでしたが・・・。


 現代の眼で見て、二人の“狂気”は良い塩梅に猛毒から良薬に変化して、一般客をも十分楽しませてくれると思います。
川崎市民は当初、岡本太郎美術館建設に相当反対したといいます。

あんなクレイジーな絵を集めて美術館を作るなんて! ということでしょう。

 しかし今となっては正解なようです。
岡本太郎は生前よりもグッと評価が上がり、イロモノと思いがちだった大衆の視線も、尊敬の眼(まなこ)に取って変わられました。
今や日本を代表する大芸術家です。

そんな岡本太郎に少しも引けを取らない中村正義。 こちらも十分クレイジーであります。
伝統的日本画に唾を吐きつけるがごとく、蛍光色乱舞で筆触も生々しい実験作を次々と発表。そのスタイルも一つところに留まらないで多彩に変容していきます。それは岡本太郎の比ではありません。
そして52歳という若さで死んだ運命に追い立てられるように、テーマは【生と死】に収斂して行き、ますます不安感、焦燥感は増大します。

もちろん今でも相当“怖い”絵ではありますが、時代がもっと怖い絵を輩出して来て、今やそうした流れの先達の観さえありましょう。

そんな二人がタッグを組んで、代表作を散りばめた贅沢な展覧会が今回の企画展です。


 さらに二人を結び付けた1975年の第1回美術の祭典・東京展の様子も少しではありますが、再現され、有名作家の作品が30点ほど花を添えています。


なかなか充実した展覧会、、、、ではありますが、主催者側が私たち現東京展に取った態度、というか、姿勢というものが残念だったことを記しておきます。

①名称権の問題・・・東京展は未だ過去のものではなく、一回も途絶えることなく継続していて、名称を使用する権利は我々の側が有するものと思っておりますが、そのあたりの許可の問題が疑問です。

②レセプション(内覧会)・・・せめて東京展の運営委員長や事務局長には招待状を出して欲しかったです。(クレームがついて、後出しのように前日に届いたとは言っていましたが、、、。)

③笹木繁男氏の講演会・・・ある筋から「今の東京展にも触れるから人を集めて欲しい。」ということで20名くらいその日時に参りましたが、笹木氏の口からは一切、現東京展については触れることが無かったです。 マニアックな人しか来ない傾向にある現代アートの講演会。 そういう時にだけ現東京展を頼って、その他の礼儀を欠く行為は、本当に中村正義が目指すところだったのでしょうか?


せっかく素晴らしい展示内容なだけに、主催者側の姿勢が正義が最も嫌った権威主義に陥っていたのが、残念でなりませんでした。
プロフィール

キヌケン

Author:キヌケン
FC2ブログへようこそ!
横須賀は衣笠という町で絵の教室を主宰しております。
私自身は、東京藝術大学絵画科油画専攻(学部・大学院)に学びました。
個展、美術の祭典・東京展(上野)、および現代絵画シリウスというグループを結成して活動してます。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード