FC2ブログ

2011-12-18

エローラとアジャンタ

 皆様、そろそろ師走の忙しい時期で慌ただしい時を過ごされてらっしゃることと思います。 

 私の“一年間の勉強”も最終コーナーを回ったどころか、あとゴールラインまで3mくらいの距離となってしまいましたが、しぶとく各地、巡っております。

今回お届けするのは、11日から一週間使って視察したエローラとアジャンタであります。 

デリーから飛行機でアウランガバードという都市まで行き、そこからオートリキシャで約1時間かかってエローラ着。 有名な石窟寺院のある田舎町ですが、そこに2泊したのち、今度はタクシーで2時間かけて壁画で名高いアジャンタへ。 ちょっと不便ですが、そこで泊まった宿からバイクとバスを乗り継いで3日間、アジャンタの石窟に通いました。

 まあいろいろとありましたが、ある人から私のブログは「長い・・・。」と言われ、感想はそれだけだったので、今回は、時系列にいろいろを並び立てて冗長になるのではなく、なるべく簡易に、ショートに、端折ってお届けしたいと思い、べスト10形式で、書かせていただくことに致します。

 エローラも、アジャンタも一緒くたにして、早速始めたいと思います。

まずべスト10・・・・・アジャンタ石窟のチケット売り場隣にあるオフィシャル・レストランのターリー☆

SAM_0335_convert_20111218173205.jpg

これは本当に美味しかったです! まさに異次元の味と言うのでしょうか・・・。 チキンカレーもダルカレーもヨーグルトも何もかも全て半端なく美味しかったです。 ここまで粒ぞろいなセットで、どれもブッチギリに旨いターリーは日本でもインドでも今までそんなに記憶にありません。 私は、シェフに500Rs(800円)を直接お礼に手渡したかったくらいです。(もちろん思いとどまりましたが・・・。) 量が多いのと、香辛料のせいでしょうか、そのあとすぐに異次元の腹痛がやって参りましたが、このとき私は料理を恨むのではなしに、自分を恨みました。 “どうして私はインド人でないのだろう・・・?”と。 まあ一期一会でしたかね。。


次はべスト9・・・・・アジャンタで泊まったホテル内のレストランで食べたトマトスープ☆☆ 

SAM_0416_convert_20111218175438.jpg

これもまさに桃源郷にいざなうがごとく夢見心地な味でございました。 何と言ったら良いのでしょう、、とにかく日本で食するトマトスープと違って、コクが違います。 単に私の好みもありますが、どうみてもこれはインドの味でした。 それでいながら、トマト本来の甘味とちょうどよい塩味がマサラと渾然一体となって奏でるハーモニー♪~♪  ここでも私は自分を恨みました。 “どうして私はインド人でないのだろう・・・?”と。。 インドに住んでいれば、また何度となく、このトマトスープを飲みにやって来れるものを・・・。


そして次は、べスト8!・・・・・ここで、また何か食べ物を持ってくると危惧したあなた。 大丈夫ですよ♪真面目にやります!
栄えあるべスト8は、アジャンタの顔とも言える『蓮華手菩薩』であります。 

SAM_0327_convert_20111218172840.jpg

実は、アジャンタ初日に見た時、“しまった!またしてもインドにやられた★”と思ったのです。 なぜかと申しますと、単純に鑑賞するフェンスと壁画との距離が5mもあって、おまけに暗いせいでほとんど見えないのです。 二日目は懐中電灯に新しい電池を入れ直して、あまけにインド人から300Rsもの高額で借りたロシア製の双眼鏡を持参してもまるでダメでした。 ガイドブックには2ページに渡り、詳細にこの『蓮華手菩薩』のある第1窟を紹介しています。 私にとってインドでのバイブルともなっている『地球の歩き方』。 そこにはワクワクさせるようなことがいろいろと書かれてありましたが、いかんせん何も見えません。おまけに立ち入り禁止区域の中のことまで恭しく紹介してある始末。 これは新手の詐欺かな?と思いました。 さらに保存に徹するなら高松塚古墳のようにオールシャットアウトにすればいいじゃん、とさえ思いました。 これは世界からやって来る観光客に対する詐欺であるし、冒涜でもありましょう。 まったく酷いものです。
 しかし、、最後の日だったか、私は一通り見終えての帰り道、何やら厳かな読経の声が第1窟から響きわたってくるのに気づいて、もう7度目くらいでしょうか、再び中に入ってみることにしました。
でも、中にはどこかの国の信者さんたちがいるくらいガラガラだったにも関わらず、私に入ることを制止する係員。 「え~~! どういうこと~~!? 賄賂でももらってんの~?」と正直思いましたが、運良く中から「まあいいから入れてあげなさい。」の係員。 何とか私も読経に間に合いました。 と言ってももちろん聞くだけですが・・・。
 聞くところによるとタイから来た仏教徒たちでした。 洞窟の中ですから、それはもう綺麗に響きわたります。 “いいなあ。。”とうっとりしているのも束の間、読経の唱和はすぐ止み、おもむろにタイのお坊さんと信者さんたちは、係員に、中央に設置してあるロープを外してもらって、内部のご本尊の所までぞろぞろ行くではないですか! そうなのです。 この第1窟は手前に大きな広間があって、さらに小部屋を置いて“奥座敷”たる内陣があるのです。 小部屋の手前にロープが張られ、一般客は中に立ち入ることが出来ません。 ですからその小部屋にある壁画も大広間からだと柱が邪魔して全く視界に入らないわけです。 もちろん内陣のお釈迦様も遠くからボーッと眺めるのが関の山。 彼らは、“信者”という特権を活かして、(あるいは賄賂を払って)、内陣深く入り込むことが出来たのでした。 私も仏教徒の端くれとして、タイ人信者になりすまして、あとから当然のように付いて行きました。笑 おかげで小部屋にある貴重な壁画も、内陣の三尊形式の仏像も間近で鑑賞することが出来ました♪ しめしめ、と思っている私をよそに、タイ人信者とお坊さんたちは、さらに回廊の立ち入り禁止区域にまで散らばって行きました。 そこには有名過ぎるほど有名な『蓮華手菩薩』もあります。 これは全世界の教科書にも載っているくらい有名な絵なのです。 私が5mの距離でしか眺めることの出来なかった壁画を、彼らは至近距離でじろじろ見ています。 さらに驚くべきことが起きました★ 何と、信者の中のおばちゃん二人くらいが、その有名な『蓮華』に手を差し伸べたのです! 私は、思わず、「おばちゃん! それはダメ!!」と叫びました。(心の中で。)  困ったおばちゃんたちは、世界の至宝を直接タッチしているように見えました。 私の心臓はピタっと止まりました・・・。  明日の新聞の見出しはこれで決まったなと。 『タイのおばちゃん、人類の宝にダメージ!』 です。 もう世界配信です。 タイのおばちゃんたちは、もしかしたら実名報道で、期せずして世界的な有名人に成り上がって(成り下がって)しまいます。 なんとまあ非常識な信者たちでございましょう・・・。 私は一生懸命セルフ人工呼吸で、自分の鼓動を復活させるのに大変でした。 もし1mmでも剥落したら大変な事件なのです。 おそらく日本人がイタリアかどこかの世界遺産で落書きした以上にショッキングな事件になってしまうでしょう。 それはもうアフガニスタンの大仏爆破テロくらいの衝撃度です。
 さすがに業を煮やしたインド人係員、、。 注意します。 何度も注意します・・・・。 しかれども、タイ人の小坊主を中心にいったんばらけた集団は、なかなか立ち入り禁止区域から出て行こうとしません。 「ふ~~~ん、ダメなの。。」とか顔では頷いていながら、違う立ち入り禁止でしっかり鑑賞を続けようと頬かむりする始末・・・。 そのドサクサに紛れて頬かむりする日本人約1名・・・。笑 私はやっと世界の宝である『蓮華』と間近に対面出来たのでございました。 もちろん、手はおろか、息も吹きかけないのがエチケット。 とか言いながら、立ち入り禁止区域なんですけどね。 こんなことブログで書いちゃマズイですかね・・・。  そんなに近寄ってないですよ☆ あくまで常識の範囲内です。
いや、もとい、この4行くらいはカットでお願いします。^^
 
 ということで、世界の『蓮華』は、確かに世界の『蓮華』でございました。 
壁画というのはそもそも私が描いている絵と違って、四角い画面という意識では描いていません。 そこには“四隅の意識”とか、画面分割としての黄金比とかはほとんど有効ではありません。 近寄ったら視界の端を超えて絵が続いているからです。 そうであるにも関わらず、この『蓮華』は、周囲の人物や動物、さらに植物、建築物に至るまでダイナミックに、そしてリズミカルに前へ前へと迫ってくる動きがあります。 これは多分「三曲法」と言われる体のひねり方が、背後のモチーフにまで呼応しているせいだな、と直感しました。 その果てに違う場面が連続性を持ちながら展開している、その構成の妙に感心しました。 もちろん、『蓮華』の目や口元など、様々なディテールも見事です。 照明のせいか、暖色中心の色彩も、豊かな印象を与えてくれます。
よくよく見ると、今は亡き法隆寺金堂の壁画の源流とも言われているアジャンタの至宝は、実に素晴らしいものでした。 (タイのみなさん、有難う!)


続いてはべスト7!・・・・・同じくアジャンタ壁画である、第2窟の天井画でございます。 

SAM_0361_convert_20111218173902.jpg

そもそも天井という部分は、誰も見ないので、、というのは言い過ぎですが、首をずっと曲げているのも疲れますし、ある意味常に脇役的存在です。 ですから、かの有名なミケランジェロのシスティーナ礼拝堂の天井画も、ちょっと意地悪で、「ほ~れ、お前が天才と呼ばれるなら、ここに描いてみろ★」と依頼されたのでした。(彼は、それを逆手に取って、ものの見事に素晴らしい天井画と正面壁画とを一人で完成させ、名だたる先輩絵師たちをもはるかに凌駕する傑作をものにしたのです。・・・名だたる、というのはペルジーノとか、ボッティチェルリとか、今でも巨匠とされている連中です。) それと、日本のお寺などでも、天井絵を見かけますが、がんばって描いてあっても形式的に陥り、トレーシングペーパーで写し取ったかのような“生硬な表現”が多いように思われます。 私は懐中電灯でつぶさに細かく分割された四角い画面の数々を観察しました。 するとどうでしょう・・。 蓮の花や白鳥たちが自由闊達な筆致で舞い踊っているではありませんか☆ それはもうプロの仕事です。 流れるような曲線は優美でいて可憐。 ここにはそう、精神の自由があります。 全ての束縛から解放されたフリーダム。  風や水、そして精神の息吹が縦横無尽に駆け巡ります。 色数は制限されていてほぼモノトーンにも見えますが、それがかえって動きをスムーズに見せているように感じられるのです。 私は、あえてこの天井画を、『蓮華手菩薩』よりも上位に推したい。。 と思う次第でございます。


次なるべストの作品は6番目。・・・・・エローラのヒンドゥー石窟における第14窟、第15窟の彫刻群を挙げたいと思います。

SAM_0063_convert_20111218165536.jpg


 そもそもエローラは、第1窟から第12窟までが仏教寺院で、第13窟から第29窟までがヒンドゥー寺院、そして第30窟から第34窟まではジャイナ教寺院と、時系列的に並んでいます。 ヒンドゥー寺院は、ですからアジャンタに始まって、エローラに移って来た仏教勢力が衰退したあとに掘られたのです。 さすがに仏教寺院のすぐ隣の第13窟は、何も無い大人しい空間ですが、次からはフルスロットルで飛ばします☆ 

SAM_0051_convert_20111218165000.jpg

元来仏教は心の静穏を目指すものでありましょう。 ですから、ブッダにしても菩薩にしてもメインとなる像は皆大人しいものなのです。 立っているか、座っているか。 手も地味に印相を結ぶだけです。(涅槃の像に至っては、ただビローンと寝ているだけですもんね♪) 菩薩も何か手に持って腰を曲げるくらいが関の山。 しかしヒンドゥーの神々は違います。 破壊の神で有名なシヴァにしてから踊ったり、刀を振りかざしたり大変なものです。 中には人間と思しきお腹から内蔵を取り出そうとしている物凄い神様や、近代的な神様では、生首をぶら下げて雄叫びを上げるカーリー女神や、自らの首を吹っ飛ばして、その首を持ちつつ、首から噴出するシャワーのごとき血飛沫を飲む、という離れ業的チンナマスター女神なども出てきます。 さすがにエローラではそこまでむごたらしい造立はありませんが、それでも等身大を超えた巨像のめまぐるしい動きには感嘆の声を挙げざるを得ません・・・。 ここに来て、インド人が仏教を捨てた原因が分かるような気もしてくるのです。 つまり、“大人しくしてられないインド人”笑なのですね。 とにもかくにも常に、けたたましいインド人。 踊ってばかりいる映画を作るインド人。(しつこい!) ぺっぺっと唾を吐くインド人。 人の話を聞かないインド人。 どんなシチュエーションでも列を守らないインド人。 ネパール人から「インド人はうるさいよね★」と言われてしまうインド人、、などなど、そもそもDNAからして違います。(きっと。)  そんなアンモラルなインド人には、堅苦しい仏教なぞ、煙たいだけであったようです。 でも、調和を旨とする仏教美術に対して“暴力的”なまでに不協和音を平気で奏でるヒンドゥー達のエネルギーたるや、一方で敬服せざるを得ないパワーを持っていますね。 これはこれで素晴らしいと思います。 長く滞在したタイからインドに渡って、最初に思ったのは、「インド人の色感って・・・?」でした。 タイはデザインの国です。 とにかく色彩も素晴らしく綺麗です。 街中にある看板一つ取っても、そのセンスの良さに脱帽してしまいます。 それに対して、インドはハッキリ言って色感悪いです。 もしかしたらインド人全員が色弱なのではないか?と思うくらい色の感覚が鈍いです。 赤とかオレンジとか、とにかく強烈な色を単色で持って来たがります。 インド人にとって色は強ければ強いほど好ましいようです。 それもそうですよね、、。 砂漠一歩手前の荒涼とした風景の中でインド人の肌も黒く、ピュアで彩度の高い色ほど輝きます。 それこそ田舎町でコカ・コーラの赤いサインがあるだけで、何となく気持ちがアップします。 その色の効用は、来てみないと分かりません。 しかし、いかんせん、“色と色の合せ”という感覚に乏しいようです。 畢竟、同じ色相のグラデーションか、頓珍漢な色合わせに終始してしまいます。  でも、です。 それこそがインドの魅力でもあるのです。 日本で見たら本当に汚い色合せでも、インドにおいては、その不協和音こそがダイナミズムなのです。 建物に塗るペンキの色からして考えられないような色をしています(日本でなら楳図かずおハウスのごとく裁判沙汰でありましょう・・・。笑)が、全ての矛盾を覆い尽くす混沌の中にこそ、インドのインドたる所以、インドの魅力が横溢していると、私は見ています。 そう、今分かりました。 インドは一言で表現するなら“楳図かずお”だったのであります。 いろいろな意味で・・・。 楳図かずおの描く漫画の世界こそインド。 あの魑魅魍魎が跋扈し、地獄絵図のような世界が現実化しているのがまさしくインド! 合点が行きましたね♪^^


ということでべスト5に移りましょうか。。
皆さん、短く端折って書いておりますが、疲れてらっしゃいませんか?
大丈夫です。 そろそろ感動が言葉を超えてしまう世界なので、どんどん短くなりますよ☆
んで、best5は何かと申しますと、これもエローラ石窟にある第16窟、最も有名なカイラーサナータ・寺院の中にある一つの彫刻なのです。

SAM_1819_convert_20111218174931.jpg

そもそも、エローラをエローラたらしめているいるのはこの、岩を掘り抜いて100年以上かけて作り上げたカイラーサナータ寺院。 それは巨大にして広大な一個の彫刻です。 当時のインド人の平均年齢が30才と言いますから、何世代ものバトンリレーで仕上がった怪物であります。 ある意味バルセロナの怪物=サグラダファミリア教会(ガウディー設計)と、その壮大さにおいて似ているかもしれません。 私は、エローラに来て、一番最初に時間をかけて、ジックリこの化け物と対峙しました。 中に入って、一番思ったこと。 それは、“アレ? インド人ってこんなに彫刻下手くそ??”でした。 もちろんほぼ全てのレリーフ彫刻の顔は異教徒か、異なる王様の手によってことごとく破壊されています。 特に鼻をへし折られていて、そのせいで、全員同じ顔に見えてしまうほどです。 しかしながら、それを差し引いても、カイラーサナータ寺院のレリーフ彫刻はどれを見ても素人一歩手前の腕前です。 そういうことはガイドブックには書いてありません。 そういった類のものにはとにかく絶賛する内容しか載せません。 素晴らしいとされているものでも、実はそうでもなかったりするものもありますよね。 私は皆が言いにくいことをズバリ言います。 とにかくここの彫刻は下手★ いくら見て回ってもお世辞にも良いなぁ~と感じるディテールはほとんどありません。 しかし、やっと一個だけ素晴らしい!!と思わず膝を打つ出来栄えを見せる彫刻がこの『腰を捻って踊る神様の像(たぶんシヴァ)』だったのです。 

SAM_1825_convert_20111218174747.jpg

脚の損傷がひどく、元々どうなっていたか推測するのでさえ難しい像です。 しかし腰のヒネリを中心に四方八方に伸びた健康的な肢体と、枠組みを大きくはみ出ようとするエネルギー、さらに細部の優美さに心打たれました。 遠くから見ても、近くから見ても、この像だけは素晴らしかったデス!!! 惜しむらくは、ここで一枚スケッチしたかったなあ・・・ということ。 時間の関係で果たせなかったのが残念でなりません・・。 チーーン。

(他の石窟にはけっこう優れた彫刻があるのに後になって気付いた次第です。悪しからず!)


といった感じで、どんどん佳境に入って参りましたね♪ 次なるべスト・オブ・べストはナンバー4!・・・・・アジャンタの渓谷風景であります。 

SAM_0304_convert_20111218175811.jpg

そもそもアジャンタはインドの鬱陶しい雨季を避けて、修行に専念するために、紀元前2世紀の頃から開窟されたのでした。 全体はU字型をした渓谷で、石窟はほぼ南を向いています。 石窟の下には、雨季においてはきっと豊かな水量を誇る河川が滔滔と流れているのでございましょう。 その川の先には7滝という段々があって、それだけで岩の造形が見事です。 さらにU字に囲まれるようにして石窟寺院とほぼ同じ高さの丘がありまして、そのTOPに展望台があります。 展望台はさらに上にもあって、最も高い場所から眺めるアジャンタも、とっても気持ち良いものですし、どこから見ても絵になる風光明媚なエリアとなっています。 太古の仏教僧たちが、この地を修行の場に選んだのも、実際アジャンタを訪ねると至極納得の行くところです。 誤解を恐れずに言わせていただくなら、アジャンタは石窟寺院が無くても、充分観光地としてやっていける場所です! 冬に相当する12月でも美しいブーゲンビリアがあちこちに咲き乱れ、散歩道として整備されている小道や階段も、「ここはインド?」と思わせるような綺麗さです。 まさにいつしかの缶コーヒーのCMで見た、“地獄で天国”的な清涼さでございます。 
私は三日間バイクで案内してもらったお土産物屋のシシューくんと一緒に渓谷を歩いたのですが、私があまりに絶壁に近寄り過ぎるのを見て、「おいおい、やめてくださいよ。 もしあなたがここで落ちたら、私はジェイル(牢獄)行きです。」と話してました。  そうか、、。 誰もいないような場所で外国人が落ちて死んでしまったら、まず同行者のインド人が罪に問われるのは当然のこととなってしまうのですね・・。 まさに死人に口無し★ 自分で落ちたとしても、何かの諍いで落とされたと、可能性を追求されてしまうわけです。  何とも可哀想な気もちょっとだけしてきました。 

SAM_0345_convert_20111218173345.jpg 展望台でポーズを決めるシシューくん。

そう言えば彼はムスリムでしたが、ムンバイを含むマハーラーシュトラ州にはムスリムと同様に仏教徒も多いのでした。 シシューくんは、「ここはムスリムも多いけど、人口自体が少ないからファイトはあまりないね!」と語っていました。 え? じゃあ、他の都市では、宗教間の暴力沙汰がけっこうあるのね、と私は少し驚きました。 私がそういった質問を仕掛けたのなら別ですが、彼からそうした話をし始めたからです。 そこで私はあるレストランで、給仕係の優しそうなおじさんに、「あなたはブッディストですか?」と聞いたのです。 3回くらい発音もキチッと・・。 インドにおいてブッディストという言葉を知らない人は幼児を除いて皆無でしょう。 その質問に彼は、「私はインディアンです。」とだけ答えていました。 
う~~む・・・。 私ら外国人の目にはなかなか見えないカーストという名の差別がリアリティーを持って私の胸に突き刺さります。 そこで私は、ここがインド仏教の中心地なら、近くにある“現代の仏教寺院”に連れて行ってくれ、とリキシャを掴まえてアウランガバードの郊外まで飛ばしたのでした。 そこで見たテンプルは仮説住宅のような貧相なもので、タイから送られたと思しき仏像が並んでいて、あとは何枚もの写真パネル、アンベードカルのチープな像が並んでいるだけの本当に貧しいものでした。

SAM_0421_convert_20111218175301.jpg

 インドでは、アウトカーストと言われる不可触民たちが、あまりの差別に耐えかね集団改宗をしたのが今の仏教徒の中核で、職業的にも恵まれない一群なのです。 ですから有り余る金に任せて作り上げる現代のヒンドゥー寺院と異なり、その道場たるや見るも無残なものなのでした。 そして彼らは自分の出自を隠して生きているような弱者であることに現在でも変わりはないようです。 そうした面において、ムスリムもインド社会の中では差別される側に違いありません。 シシューくんの言葉の隅々に何となく滲み出てくる悲しさがあり、ちょっと敏感になってしまうワタクシでありました・・・。


 と、ここまでインドの陰と影を紹介してきましたが、アレ? 普通“光と陰”ですよね・・? やっぱりインドは“カゲ”なんですかね。。 でも、ここからはまさしくハイライト♪ 輝かしいベスト3の紹介をさせていただきます☆

Best 3 ・・・・・それは、エローラ第16窟=カイラーサナータ寺院の俯瞰風景です!

PC110011_convert_20111218164000.jpg

これは本当に素晴らしいです。 エローラをエローラたらしめている第16窟ですが、先に述べましたように、細部の彫刻に至っては、どれもあまり感心出来るものではありません。 しかし、、です。 あなた、丘を登って見てください! その断崖からは、気の遠くなるような岩の数々を削り出したその偉業に頭(こうべ)を垂れる以外にありません。。 またそこは、鳥になって巨大な寺院の真上を疾走するような快感が得られます。 なにせ三方から間近に見下げることの出来るアングルですからね。 最初登った時、私は必携とされているミネラルウオーターのペットボトルを持参したのでありました。 うっかり手を滑らせて、そのペットボトルが、コロンコロンと、絶壁の舳先に向けて転がって行くではありませんか! 私はここでも心の蔵が止まりました。 もしそのボトルが本当に落下して、物凄い数いる観光客の頭にでも落ちた日には、当面私は日本に帰れません。 もう“過失致死罪”決定です。 それでなくても手すりの一切ないこの断崖は非常に危ないものです。 手すりを設置したら、特に下から見上げた時のロケーションに響くのでしょうか、それとも、鉄杭を打つことで、岩山自体にヒビを入れてしまうのを恐れているのでしょうか、とにかく日本では考えられない“自由さ”です。 中学生や小学生もたくさん訪れてましたが、彼らは一人も登っていませんでしたね。 きっとそれは固く先生から禁じられているからだと思います。 でも、エローラの最も大事なビューポイントは、ここを置いてほかは無い、とさえ言い切れるベスト・アングルなんですけどねぇ・・・。 
ということで私は二回に分けてこの丘の上からスケッチを敢行しました。 相変わらず、私のすぐ隣に座ってタバコの煙を平気で吹きかけるヤンキー・インド人がいたり、私の目の前を横切って今にも落ちそうになる“恐いモノ知らず”のインド人がいたり、それはもう大変でございましたが、何とか一枚、念願のカイラーサナータ・テンプルのスケッチを完遂することが出来ました♪^^ 

 そして二度に渡って見たエローラの夕日は、まさに壮大で神々しく、私の眼を一直線に貫くのでした・・・。

私は、手前にある美しい寺院と彼方に反射するいくつかの湖、そしてとろけるように沈んでゆく真っ赤な太陽、この絶妙な構図を一生忘れることはないでしょう。。。

PC110040_convert_20111218164342.jpg



 だんだん大晦日も近くなって参りましたが、ベリー・ベストなナンバー2は、・・・・・

アジャンタの第4窟。 未完成で終わってしまった仏教ヴィハーラです。 ここいらの仏教石窟は、主に二種類に分類されていて、一つはこの僧侶たちが瞑想修行する小部屋を多く擁するヴィハーラ。 もう一つは、礼拝堂としてストゥーパを置くチャイティヤです。 
べスト2は、前者のヴィハーラにあたり、入ってすぐの大広間では、その天井にまずグっと来ます。

SAM_0231_convert_20111218165718.jpg

 ここは断層が激しく、掘削を断念したとガイドブックに書いてありましたが、まさしく自然の驚異たる“大海原”のような激しい光景が真上に展開しております。 それはまさしくマグマです。 ドロドロドロ~~★って灼熱の溶岩が徐々に温度を下げて固まった、“大湧谷”のような景色が露払いで迎えてくれます。
次に大広間最後にある2本の柱に刻まれた彫刻は、音楽を奏でています。 弦楽器をひいたり、太鼓を叩いたり、カスタネットみたいなものを打つ楽士もいます。 なかなか楽しそうな表情。。♪^^
そして内陣入口の小部屋には全部で6躰の大きなブッダ立像が下からの照明で“信仰宗教のような”怪しい雰囲気を醸し出します。

SAM_0235_convert_20111218170731.jpg

 ここでエローラから来た観光客は皆、一種の“溜飲を下げる”経験をします。 それは何かと申しますと、仏像のお顔に“鼻”がちゃんとあるのです。 エローラでの“人間の蛮行”に辟易した我々見物客は、アジャンタの仏像で癒されるのです。 そしてその尊顔は、うっとりするほど美しいものです。 未完成ながら、ぷっくりと健康的な肢体を持つブッダたちは優しく、そして厳かに私を迎え入れてくれました。 この石窟は人気があまりないのか、人が非常に少ないです。 完全に私一人になってしまう時間帯もありました。 そこで私は内陣手前の小部屋から全てを見渡すアングルで、これらのブッダ達を独り占めにする幸運にも恵まれました。 それはまさしく至福の時間でございました。 ここに一週間でも一ヶ月でも“宿泊”すれば、俗物たる私の魂も、少しは浄化されるのではないか、とも思いました。 う~~む、この空間を我がものにしたい。そうした仏教的ではない欲求に悩まされるほほどエクストラオーディナリーな空間でございます。 
もちろん内陣にも入れます。 中央に鎮座まします“ティーチング・ポース”、いわゆる初転法輪のムドラ(印相)を組む一際大きなブッダは、どこか鎌倉の大仏様と似ているような印象を持ちました。 美術的に言って、優れた仏像のキーポイントは、“人間臭くならず、しかれども様式的過ぎてもいけない”ということでしょう。 つまりあまりに人間的なリアルさを持ってはいけませんし、逆に様式に走ってデザインになってしまうのも良くないのです。 その中間に答えがあるのですが、それがなかなか難しい・・・。 しかし鎌倉の大仏様が、その絶妙なバランスを実現しているのと同様、この仏様も、実に素晴らしいお顔をされています。 この造立が5世紀になされたなんて、本当に驚きです。 もちろんガンダーラ仏などもギリシア彫刻の影響を受けていながらも驚異ですが、このアジャンタの仏像は、もうすでに完成されています。 “仏像という文化”は、時空を超えて日本に伝播したのだな、と感慨深く思いました。 そしてこの大本尊をじっと見ていると、手前のスタンディング・ブッダ6人衆を見て、仏欲ならぬ“物欲”にかられた私を厳しく叱責するような、厳しくも優しい声で、

 「汝は、汝の個性に生きよ。 ここから出て行き、汝の本当の仕事をせよ。」

と、説法するのが私にはハッキリ聞こえたのでした。

SAM_0234_convert_20111218165856.jpg


ちなみに、私一人この石窟に長居していると、インド人係員が話しかけて来ました。
「あなたは、この石窟が気に入ったようですね。 大抵の観光客は、本当の興味を持って見に来るわけではありません。 ただ中心の大きな仏像をちらっと見て、写真に撮って終わり。 どの石窟でもジックリ見ないから、いろいろな仏像も“セイム、セイム、セイムでうんざり”、となってしまいます。
ほら、ここに来てごらんなさい。 ここに立ってこう声を出してみてください。

「ブッダン サラナン ガッチャーミー・・・・・・。」

私も続けて声を発します。

「ブッダン サラナン ガッチャーミー~。 (私はブッダに帰依します。)
ダンマン サラナン ガッチャーミー~。 (私は法に帰依します。)
サンガン サラナン ガッチャーミー~。 (私は僧に帰依します。」

石窟の中で最も音が反響するそのポイントから、しばらく自分の声のこだまが途切れることはありませんでした。。。


 ということでそろそろ除夜の鐘が鳴りそうな雰囲気も漂って参りました。
今回のエローラ&アジャンタの旅で、最も感動したBESTワンは、

エローラ第10窟・仏教寺院のチャイティヤです☆☆☆☆☆(もー五つ星♪)^^

SAM_0028_convert_20111218164703.jpg


 実を申しますと、約1年間の旅で、私も感動疲れ、と申しますか、何を見てもそんなに驚かなくなって来ていたのでございます。 ちょっとした不感症といいましょうか、倦怠期と申しましょうか・・・。
ですから11月にインドに入ってから、イマイチ“何か違うな・・・。”という感覚が常に付きまとい、マンネリを打破しにインドまでやって来たのに、ここでもマンネリに悩むようになっていたのですね。

 しかし、エローラの第10窟に足を踏み入れた途端、電気が走ったのです。 “これはちょっとやそっとのものではないぞ☆”と直感致しました。 
そこは数十本の大きな2列からなる柱に囲まれた長細い広間があり、その奥に、美しいストゥーパと合体したかのような仏像があります。 日本では見慣れない“椅子に腰掛けた”ブッダです。 脚が微妙に開いており、人間の座り方としては自然ではありますが、どこか不格好な印象も持ってしまいます。 でも、お釈迦様が生前説法していた時は、きっとこんな座り方をしていた時も多々あったでしょうね。 思えば自然な姿でもあります。 あと、ここで問題なのは、エローラの仏像・神像・動物像、全ての彫刻の中で、このブッダだけに“完全な鼻”が残っているのです。 もしかしたら修復によるものかもしれません。 修復ということで言えば、アジャンタで私も三日間通ったわけですが、そうするとそこで働く様々なスタッフ達もみな私に対して優しくなります。 荷物を点検するコーナーでも三日目は「ああ、見なくてもどうそ♪」ということになりますし、それこそ一日中いるものですから、人が少なくなった時などは、わざわざ手招きして立ち入り禁止区域にまで案内してくれるスタッフもいます。 「この壁画のネックレスを見てよ!」と彼は言います。 私が思わず「おお~!」と感嘆の声を上げると、彼はとても嬉しそうな顔をします。 さらに二階部分で修復の仕事をしている人物も、私が不思議そうな顔で見ていると、「カム、カム!!」と言ってハシゴを上って来い!と言います。 私は職人さん以外上がることのない危なっかしいハシゴをずんずん上がって行きます。 そして彼の説明を聞くわけです。 「ここが修復した所だ。」と言います。 確かによく見ると亀裂が走って、線状に欠けてしまった岩は、セメントでも何でもいいからキチッと充填した方が、今後のためにも良さそうです。 近くにあった仏像を指差し、「これは?」と聞くと、「それは俺が直したんだ!」と胸を張ります。 何も手つかずの破損した仏像を指さすと、「それはこれからだ!」と毅然と言います。 なんか素直でいいなぁ~と私も嬉しくなります。 そうなのです。 話はべスト10から少し脱線しますが、今まで散々インド人に対して“愛情たっぷりの悪口”を書いて来ましたが、彼らは決して宇宙人などではありません。 本当は日本人よりちょっとだけ不器用でピュアな人間味溢れる民族なのです。 いったん心が通じてしまえば、彼らは私のことを本当の友達として遇してくれます。 おそらく猜疑心の強い日本人と比べれば彼らインド人はある意味本当に信用出来る人々です。 考えてもみれば、例えば観光地に行って、ろくすっぽ鑑賞しようとしない人には決して優しく接する気持ちにはなれないでしょう。 彼らスタッフは、アジャンタだったらアジャンタ、エローラだったらエローラで、それぞれの石窟寺院にプライドを持っています。 それを斜めから見て、ハイ終わり、ということではスタッフの方も斜に構えて仕方ない面もありましょう。 また場所は違いますが、今私の宿泊しているデリーのゲストハウスは安くて広くて、居心地が良くて、とっても気に入ってます。 もし料金が倍になっても私はこの部屋に泊まるでしょう。(もちろん今の価格が700円くらいで激安なのです!) そこで宿のオーナーが「何なら部屋を替わってもいいよ。」と好意的に言ってくれます。 今までちょっとつっけんどんだったオヤジですが、私が「いや、私は今の部屋が好きなのです。」「I LOVE THIS ROOM!」と申しましたら、ニコリとして、「THIS HOTEL IS YOUR HOTEL.」と返してくれました。 はたまたこんなこともありました。 毎日のように行くネットカフェで、馴染みとなったスタッフがいて、ある時、「ハウ・アー・ユー?」と聞かれたので、私は「アイム・ファイン。 アー・ユー?」と聞くと、「ファインじゃないのよ~★」 「どうしたの?」 「アタマが痛いのよ~★」 「風邪?」 「いや、風邪じゃない。」 と言うので、日本からわざわざ送っていただいたブルフェンという薬を二錠あげました。 「メイビー 30ミニッツで 効き目 あるから!」と言い、彼はそれを飲み込みました。 だいたい15分くらいしたら効いてきたみたいで、嬉しそうに「今はOKね♪」とガッツポーズしてました。 それ以来、私が行く度に「彼は私の友達だ☆」と、他のスタッフに言います。笑  きっとこうしたことはどこの国も同じなのでしょうね。 最初から心を開く人なんてどこにもいません。 ある程度の礼儀も持って接するか、ぶっきらぼうに対応するか、どちらかです。 しかしながら徐々に気持ちを込めた態度で接して行けば同じ人間同士。 温かい感情が行き来します。 そう、インドはそのギャップが他よりちょっと激しいだけで、それが分かればチャーミングな人々だと思うようになりました。
ということで、脱線しまくりですが、べスト・ワンの話に戻しましょう。

え~と、修復の話でしたね。。汗

アジャンタで見せてもらった“鼻の修復跡”は、形は良いものの明らかに修復と分かるものでした。 それに比べ、この第10窟ブッダの鼻は、まあ大きなサイズの像ということもあり、そんなに間近で見ることは出来ませんが、どう見ても自然なのです。 これが修復の手によるものだとして何の不服がありましょう? もうどちらでも構いません。 べスト2の、上記のブッダは威厳がありましたが、ここのブッダは同じ初転法輪のジェスチャーをしていながら人々に教えを説くような雰囲気は微塵も感じられず、とても有難いお顔をしていながら、どこか捉え所のない不思議な表情をしています。 誰かを見ているようで誰も見ていない・・・・・何かを見つめているようで何も見つめていない・・・。 そんな曖昧な眼差しは、もうこのブッダがはるか彼方の世界へ旅立ったかのような内容を示しているとしか私には思えませんでした。 ガランとしたホールの上を見ると、まるで肋骨のようなアーチ状の規則正しい骨組みが何とも美しいです。 さらに洞窟めぐりよろしくストゥーパのまわりを、ゆっくり一週してみました。 ほのかに天窓から差し込む光線が最奥の暗い空間にまでうっすらと届き、一回転して再び明るい広間に戻ったその時、大音響の音楽が私の耳の奥に鳴り響きました。 それはまるで交響曲。 高らかにファンファーレが金管楽器によって謳い上げられ、厳かな低音弦楽器の音もまた重厚です。 まるでワーグナーのような大編成の音の塊まりでもありました。 しばらくはその高揚が続き、気づくと数滴の涙がエローラの石畳を濡らしていました。 それは時間にしたらわずか一瞬のこと。 もう言葉はいらない・・・。 そう思いました。 


あまり説明的になっても仕方ないので、これでエローラ・アジャンタ視察報告を終わりとさせていただきます。 

短く、簡潔に、端折って、お届けできたでしょうか?
ちょっと不安でございます・・・。

次なる旅の目的地は、とうとうブッダガヤであります。 
これはこの一年間の最後を締めくくるものであり、日程的にも終わりも終わりなので、このブログにアップするかどうかは未知数です。

おそらくは年を越して、皆さんと実際お会いした上で、お話することになるでしょう。

とりあえずは、生徒さん情報を発信する目的で開設されたこのブログも、そろそろ通常機能に戻す予定です。
私の個人的な旅行記にお付き合いいただきまして、本当に有難うございました。
心より感謝して、来年、元気にお酒を酌み交わしましょう!!!

皆様良いお年をお迎え下さい☆


more...

プロフィール

キヌケン

Author:キヌケン
FC2ブログへようこそ!
横須賀は衣笠という町で絵の教室を主宰しております。
私自身は、東京藝術大学絵画科油画専攻(学部・大学院)に学びました。
個展、美術の祭典・東京展(上野)、および現代絵画シリウスというグループを結成して活動してます。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード