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2018-11-13

中国取材旅行 4

 11月4日は思い切って新幹線で平遥に行って来ました。

明時代(1368年 - 1644年)の町並みが残っていて、世界遺産にもなっているエリアです。
日本で言うと室町時代(1336年 – 1573年)あたりに相当します。
貧しかったから建て直すことが出来ず、結果的に古いものが丸ごと残って価値を産んだ、というのが実情と、どこかに書いてありました。

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石造りのため、残すことが出来たのでしょう・・・。
雰囲気のある佇まいです。


時系列的に言うと、ホテルから歩いて行ける太原駅からではなく、空港との中間距離にある新しい太原南駅から電車に乗りました。
東京駅を凌ぐと思われる巨大な駅舎にまず圧倒されました。
天井が高く、新しい駅なので、非常に分かりやすい構造をしています。
日本の新幹線は世界的に見て、セキュリティーが甘い、と指摘されるところですが、まさにそれを痛感する面倒くささがありました。
パスポートも見せなきゃいけないし、荷物検査も二回くらいあります。
当該のホームに降りるときもものすごい厳重です。
いちいち係員がドアの南京錠を開けてから入場させ、エスカレーターでホームまで降りるのです。
ホームで電車を待つ時は、線路付近から5mくらい離れて待たされます。
これに関してはきっと早晩ホームドアが出来るんだと思います。

私が日本でネット購入したのはグリーン車に相当する一等車。
30分ほどで着いてしまうので、1000円前後の値段でした。
しかし自分の勘違いで、到着した駅=平遥古城駅は、平遥古城からかなり遠く、ガイドブックに載っている地図だと、ローカル線の平遥駅なら歩いて古城までたどり着ける、という分かりにくさです・・・。
普通、名前からして逆だよね!?と文句を言っても始まりません。
タクシーばかり乗るのもお金がかかるので、バスで向かいましたが、結局中国元が無くなってきて、両替をしないといかん、ということで結果タクシーでかなり遠くにある中国銀行まで戻る形となって時間もお金も無駄に使ってしまいました。
(インドなどでは、いたる所に両替所があってとっても便利でしたが、中国では普通の銀行で扱ってなかったりするので驚きました。私の宿泊しているホテルでも出来なかったのにも不思議に感じました。でも、よくよく考えてみたら、日本でも普通の町中の銀行が積極的に両替業務をしているか?と言えばそうでもなさそうなので、私の思い込みなのだ、ということが帰国して気づいたことです。)

 気持ちを取り直して、いざ世界遺産=平遥古城へ☆


通常とは反対側の南門から入城。

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いきなりカトリック教会が出現します。

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ここも明時代からあるのでしょうか?
かなり古めかしい感じが素敵です。

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そしてこのマリア様です!
寂れた天蓋とミスマッチで、得も言われぬ感動を呼び起こします。
(実は今回の旅で純粋に感動した物事において、このマリア像はベスト3に入ります☆)
像は最近のもののようですが、古い教会と信仰が息づいている雰囲気といい、グッと来るものがありましたね。。


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平遥古城は分厚い城壁に囲まれた都市で、それぞれの城門の上に大きな楼閣が残っています。


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中国科挙博物館と書いてあります。
孔子関連の文廟という施設が、科挙の博物館にもなっているようです。


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古城のど真ん中にあり、象徴的建築である市楼と呼ばれる楼閣付近の風景。
雨のためお土産物を守るパラソルが邪魔して写真的には残念なものばかりになってしまいました。
道の真ん中には観光客用の撮影に使用する人力車まがいのものがあり、画面左の『待』という文字が見えるお店は私が入った喫茶店。
「コーヒーありますか?」 「はい!」 といった感じで入ったのですが、何故かメニューにあるコーヒーはなく、ホットココアになってしまいました。中国人は日本人よりもコーヒーを飲む習慣は定着してないのかな?と、今回特に感じました。
そういえば、インドでもチャイの方が圧倒的に飲まれていました。

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一歩踏み込むと、こうした空間が広がっていてとても魅力的です。



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なかなか素敵な酒屋さん。

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何のお店だか忘れましたが、重厚な造りの建物です。
ただの装飾にとどまらず、扁額の下には12の場面の絵が描かれてあって風流なもんだな、と思いました。

このお店の中に入ってくぐると、そこは

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こういった世界。
居住スペースのようでした。
こうした昔の居住空間を日中で比較すると、日本はやはり質素だなあと思います。

古き良き中国。
ある意味、最も中国らしかった中国。
豊かな中国を感じることが出来ます。(今も経済発展を遂げて充分豊かですが・・・。)

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街灯?が槍の形をしていて、そのまま兵器の博物館になっています。
石器時代から始まって毛沢東に至るまでの刀剣の変遷が展示の中心です。
最後の方に大日本帝国の蛮行のコーナーがあって、心が痛みました。
(しかしイギリスに植民地にされた歴史には一切触れて無かったので、アレッ?って思いました・・。)


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右端の、いかにもチャイニーズな方は写真だとリアルですが樹脂製のお人形です。
悪天候なため人通りは少なかったですが、楽しいストリートとなっています☆


古城全体が早めに閉館になってしまう季節でもあり、ものすごく寒かったせいもあり、かなり高額なチケットに見合った施設の見学は叶いませんでしたが、最後はいろいろ面白いお土産を購入して帰途につきました。
見学時間=5時間。
私の感覚からするとせめて3泊して隅から隅まで見学したい、と思いました。


ホテルに到着後、ものスゴイ勢いでお腹を下しました。
何がいけなかったのでしょうか?
ここ5年くらいお腹を壊したことが無かったので、すっかり油断していて日本から十種類くらい薬関係を持参したもののお腹の薬を忘れいていることに気づき、相当焦りました・・・。

明日はもう帰らないといけません。
その前に予定通りの行動が出来るかどうか?
不安な深夜に何度も起きてトイレへ・・・。

汚くてすみません!!

つづく。















2018-11-12

中国取材旅行 3

 玄忠寺をあとにして、いったん宿に引き上げてからタクシーの窓から見た夜景が綺麗だったので、さっそく行ってみることに。。

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迎澤公園という、池を囲んだ公園がもう一つあり、真新しい楼閣がいくつも建築され幻想的な雰囲気を醸し出していました。

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市民の憩いの場となっているようです。

ちょうどここも東京上野の不忍池みたいな感じですかね。
お金のかからないデートコースにおすすめです☆

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ゴミ一つ落ちてません!

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円形屋根になって来るともう中国風が強まりますね。

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緑色の柱は周囲の草木と馴染み、落ち着いています。
どこにでも座れますね🎵
内部の装飾も大変綺麗で、まるで竜宮城に来たかのようです☆

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公園の外から見ると、この4層の楼閣がシンボル的な役割を担って、とても目立っていました。

ライトアップにお金がかかるような気もしましが、何時までやっているんですかね?
少なくとも夜8~9時に私はここにおりました。


けっこう歩き疲れて、玄中寺付近では食事出来る場所も無かったので、やっとこさ夕食をしようと・・・。
なるべくお客さんの入っているレストランを目指しました。

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汁なしの刀削麺です☆
左のお皿には好きなだけ取って良いお惣菜をセルフで。。
麺の上には牛肉の炒めもの?とピーナッツとパクチー。
食感が楽しめて、なかなか美味しかったです!!

二日目はホテルに10時過ぎに戻り、シャワーを浴びてから明日の一人作戦会議をして寝ました。。、zzz



2018-11-10

中国取材旅行 2

 二日目(11月3日)は、まずホテルの朝食バイキングからスタートです🎵
写真には撮りませんでしたが、なかなか全面中華でございました☆

今日のメインは玄中寺というお寺に行くことです。

このお寺に行くには、タクシーやバスを乗り継がなくてはなりません。
まず、タクシーで太原西バスターミナル、という所まで28元。(約500円)
意外と大きなターミナルで、パスポートチェックや荷物検査もありました。
高速道路なども使って1時間以上ひた走ります。
到着したターミナルはここ。↓

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バス賃は安く、18元(約300円)。 
座り心地も快適で、しばし居眠りも出来ました。
ターミナルで待ち受けているトゥクトゥクみたいな軽自動車に乗ってお寺に行くことに・・・。
最初30元という約束でしたが、バス通りが終わるところで、「ここから上りがキツイからあと20元払え!」と言われました。
全部で50元だと850円。
うーん、と悔しい思いを飲み込んで致し方なく、運転手の要求に従いました。

最終的に降ろされた場所は、ここ。↓

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山深い所にまずは駐車場があります。
『世界浄土祖庭』と書かれてあって、浄土教のルーツにしようと意気込んでいる様が見受けられます。
元々禅宗に改宗してしまった寺を元に戻した経緯があります。

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しばらく急な坂を上っていくと、綺麗な山門が迎えてくれます。
結果的にこの山門が最も“インスタばえ”します。
玄中寺、で検索するとこの山門ばかりが出てきたりするのも、中にある伽藍が比較的地味なせいでしょう。
どこか沖縄の守礼門をイメージしてしまうのは私だけでしょうか?
まあこの山門が出来たのはごくごく最近のことなわけで、一概には言えませんが、沖縄と中国、日本と中国が改めて親戚のような関係にあるのだと痛感させられます。

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山門をくぐって、お寺の敷地内に入る入口に当たる部分。
玄忠寺と扁額が掲げられているお堂は天王殿といいます。
赤い壁とグレーのレンガが特徴的です。なかなか雰囲気のあるビジュアルです。
左手二人の男性に20元支払って中に入ります。(ガイドブックでは25元でしたが、何故か安くなってました。)

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階段を上がるとメインのお堂があります。
大雄宝殿、といいます。
この中に大きな御本尊=阿弥陀如来像と、ミャンマーから送られた大理石の降魔成道のお釈迦様が鎮座しております。

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その裏手に回ると、2つの石碑が設置されていて、左手が大谷瑩潤師を顕彰したものとなっています。

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(大谷瑩潤師は真宗大谷派のお坊さまで、東本願寺第22世法主の11男として生まれ、函館別院住職から宗務宗長まで努めた方のようです。のちに戦後間もなく衆議院議員などになってます。)
日中戦争で日本に連行され現地で没した中国側捕虜の遺骨の送還を執り行い、その業績が評価されてのもの、といったことでした。

結局、この地に来て気づいたのは、中国ではこうした石碑が歴史を語る上で重要になってくる、ということです。
石碑の碑文と碑文を読み解いて、そのお寺の歴史が明らかになります。
ですから、新しく建設されたお堂や仏像よりも、古い石碑の方が、はるかに資料的な価値は高いのです。

その最も良い例が、道綽禅師がこの地にたどり着いて、曇鸞大師の碑文を目にして、このお寺に住み込み修行することを決めた、との有名なお話です。(残念ながらその石碑自体は消失してしまっていますが・・・。)

お寺の敷地内に沢山の石碑が立っていて、なおかつ石碑を並べて収蔵しているお堂まであります。
それらを繋いで語られる歴史が寺院としての伝統と価値の一つになって行きます。
上の大谷瑩潤師の石碑も、立派に玄忠寺の歴史に組み込まれているわけであって、日本人としてのご縁を感じざるを得ません。


ふたつの石碑からさらに階段を上がると、祖師殿があります。

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中はこのように浄土系の祖師3人の絵像と坐像が飾られています。
向かって左から、善導大師 ・ 曇鸞大師 ・ 道綽禅師 となります。
掛け軸のデザインが不揃いなのは、それぞれの寄進元が異なるからです。
善導→知恩院  曇鸞→東本願寺 道綽→西本願寺 といった具合いです。

元々この玄忠寺は曇鸞大師が開山したと伝えられており、中国浄土教の発信地でありました。
浄土真宗では勤行に使われる正信偈において、七高僧の業績が謳われますが、そのうち3名ゆかリのお寺なのです。
(ちなみに龍樹・天親・曇鸞・道綽、善導・源信・法然が七高僧。で最初の二人はインド人。中の3人が中国人。後の二人が日本人です。)


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玄中寺を少し遠目から俯瞰してみると↑のような感じになります。

左端の屋根は、メインのお堂=大雄宝殿。
その右側に切妻造りの屋根を持つ2つのお堂(地蔵堂と観音堂)に挟まれて祖師殿。
祖師殿の二階が七仏殿。
最終的に最も高い位置にある右側のお堂が千仏殿。、となります。

写真から分かる造り手の計算として、左から 切妻屋根 → 入り母屋屋根 → 二重庇(ひさし)の入り母屋屋根  となっていることが見て取れます。 奥に行くに従って複雑な構成に見せている、ということでしょう。
さらに大棟(屋根の最頂部分の水平なところ)に“飾り=宝頂?”が付いているのが日本の寺院にあまり例が無いので中国の特徴的なデザインかと思います。
あと、伽藍の背景に見える大きな岩肌も、玄中寺を特徴づける一つの要素です。
玄中寺はそもそも『石壁山玄中寺』といいます。
お寺はたいてい名前の前に、~~山、と表記します。
この何とか山、というのに深い意味があるのですが、この話をすると長くなるので、いつかまたの機会に。。



祖師殿の前で読書に勤しんでいる女性にサジェスチョンされ、特に見入ったのが観音堂。
壁画や坐像も素晴らしく、歴史的価値とは別に、この空間が最も潤いがあるものとなっています。


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基本、私の寺院シリーズ第5弾として、この玄中寺を取材に来ました。
市中や関連施設などを入れて678枚の写真を撮ってまいりました。
さあ、今度の寺院シリーズはどんな絵になるのでしょう?
まだ自分でも整理されてなくて、暗中模索でもありますが、やはり現地に行った、という感覚が非常に大事ですね。
季節は限定されますが、その場の空気感や音。匂いのようなもの。自然環境。今を生きている人々との触れ合い。
様々なものが表現の要素となって来ます。

年内には走り出したい、と思っております☆



玄中寺はある程度日が落ちるまでいて、駐車場に戻ると、タクシーのタの字もありません!
まあ真っ暗になる前には歩いてでもバス通りに着くだろうと思って、ゆっくり下山しました。
そこで見える風景にもたくさんインスパイアされたので、むしろすぐ車に乗らずに良かったです🎵

しかし後ろからやって来た軽トラックに呼び止められ、バス通りまで乗せてくれることに。。
運転する人を信用して乗り込みました。


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このゲートがバス通りから玄中寺へと向かう道の目印です。
ちょうど写真左に写っている青い三輪車に乗せていただきました☆ 有難うございました!!

・・・・・でも、バス通りをいくら歩いてもタクシーなんて一台も通りません。
ここは太原ではなかったのです。
太原から高速で2時間くらいかかる田舎なのでした。
田舎でもなく、山の中・・・。
あいや、もう山ではなかったですが、なんにも無いエリアで途方に暮れていたら、豈図らんや向こうから客を乗せた路線バスと思しき青い箱がこちらに向かって近づいて来ます。
思わずその運転手さんとアイコンタクト☆
すると親切な運転手さんはバス停でもないのに停車してくれて無事交城バスターミナル(終点)まで連れて行って下さいました☆

中国の方々は基本的に非常に人情味溢れ、優しいです!

心の中でしばし落涙して都市部へと帰って行きました。。

(ちなみに今回の旅行前に、玄中寺奉讃会 事務局長 I..K.さま にたくさんのご教示を頂戴しました。ここにおいて厚く御礼申し上げます。有難うございました。)

つづく。




2018-11-08

中国取材旅行 1

 11月1日から6日まで、短期間ではありましたが、中国は山西省・太原、という所に絵の取材に行ってまいりました。

成田空港からフライトして、いったん深セン空港でトランジット。
それも9時間も真夜中空港内のベンチで過ごさねばならないという強行軍でした。(ベンチは固いし、もちろん眠れないし、辛かったです・・・。)

2日、朝9時の飛行機に乗って12時頃太原に到着☆
意外と寝不足も感じず、というか久々の海外旅行で気持ちもハイになっていたのでしょう、いろいろ市中を探索出来ました🎵

でもまず空港に到着するとタクシーの引き合いがわらわら寄って来ます。
ああ、インドと同じだなあ、と思いつつ迷いなくバスに乗り込みます。
エアポートバスで16元。(日本円で約300円です。)
途中停車もあるので、目的地=太原駅には結局40分はかかりました。(40分で300円は安いかも。。)
ネット予約していたホテルはまさにバス乗り場の隣に立地しています!

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四つ星ホテル、ということで泊まり心地は大変良かったです☆

荷物を降ろして早速向かったのが駅至近のお寺=崇善寺。
ここは本当に感動しました!

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唐の時代に創建された由緒ある寺院で、なかなかの風格です。

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お堂内のクッションを撮影したら、注意されました・・・。(撮影禁止だったようです。)
でも、このクッション、いいですよね。。
お寺にお参りに来た人は、もう救われてます☆って意味ですよね!
蓮の花の上に立つ(あるいは座る?)ということは既に菩薩扱いですから。。

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撮影禁止だったので、お寺の人が親切にもパンフレットを貸して下さり、「これを写真に撮りなさい。」と言って下さいました。
けっこう古いパンフで、今はもう販売してないそうです。
そういえば、絵葉書もパンフもお守りも何も売ってません。
それでいて、入館料も取られません。
それでこのハイクオリティーな仏像群です!!!
像高8mもある三体の菩薩立像は明時代の造成であり、よくぞ幾多の宗教弾圧に耐えて残ってくれたものよ、と感激しました。
日本なら国宝間違い無し、でございます☆

と言いますか、このお寺の金儲け主義でない所にも感動しましたね。

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境内左手の建物をくぐると、そこは僧院でした。
お坊さまがお住まいになって修行される場所です。
おそろしく美しいエリアとなってました。
ここでなら、私も皆様と一緒に修行させていただこうかな、とさえ思いました。
(もし今後私が行方をくらましたら、きっとここで蟄居しております。笑)

PS 私がずいぶんと長居をしていたせいか、最終的にお寺の人から、お釈迦様の生涯を書いた本と、普段の勤行本、二冊を無料で頂戴しました! これぞ仏教ですよね☆ 参拝者との垣根が低いです!
中国でも仏教は活き活きと輝いていました。



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素晴らしいお寺を堪能したあと、ふらふら外に出て、池のある公園を探索。
すると夕方からわらわらと人々が出てきて、思い思いの遊びに興じています。
上は、蹴鞠、、ですね。
老若男女、一つの白い物体を蹴り上げて遊んでいます。(中空に飛んでいる折り紙みたいな白い物体!)
なかなか地面に落ちません。
皆さん、上手いもんです☆

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かと思いきや、隣では太極拳。そのとなりでは上のようにバトミントンとカードゲーム。
日本の年配層は自宅に閉じこもってテレビばかり見ているのかなあ、と思うと、中国の方々の時間の過ごし方が羨ましく思えました。

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ネットであらかじめ行きたいと、目星を付けていた『唱経楼』(明時代)。
何のための建築か、調べてもよく分かりませんが、おそらく科挙試験の合格者を唄うように発表した場所ではないかと・・・。
なにせ科挙試験受験生は毎年50万人もいて、その中から合格するエリートは500人程度とされていたので、倍率は1000倍にもなります!!!
どうやったら、そんな試験に受かるんですかね?
並大抵の秀才でも無理でしょう。。(日本語おかしい。。笑)

レンガと木材を素材としている所が中国らしいですね。
それと複雑な屋根に特徴があります。
日本的に言うと、入り母屋造りにさらに切り妻造りが乗っかった状態。
(これを十字頂と言うらしいです。)

唐三彩みたいなタイルっぽいベランダも味わい深いです🎵
ちなみに、手前の門構えは切り妻造りの屋根ですね。
残念ながら中には入れないようでした。


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夜もだいぶ更けて来ましたが、暗くなっても活気ある中心市街。
特に女性はこのような小さなバイクに乗って移動するのが太原スタイル☆
可愛いフード付きです🎵

さっきの公園に戻ってみると、ライトアップされた楼閣が池に映り込んで幻想的です。

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私も夜9時頃宿に戻ってバタンキューでした・・・zzz

つづく。





2018-10-09

第44回美術の祭典・東京展

 10月7日(日)から14日(日)まで、東京上野の、東京都美術館にて、美術の祭典・東京展が開催されております。

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昨年若干低調気味であった展示も、昨日レセプションにて美術評論家=赤津侃先生曰く「2000年代に入って一番良い全体感」とおっしゃっていただけたほど、皆さんの作品もレベルアップし、飾り付け順も計算されて見応えのあるものになったと思います。

 私の方は、コミック部門統括であったのが、東京展本体の事務局長にまでなってしまったので、あまりの忙しさに失敗ばかり続いてますが、何とか皆さんのフォローを頂戴して、大事には至ってない?状況ではあります。

しかしながら、自分の作品を1万人近くの人に見てもらえる機会はそうそう無いですし、天井の高さがまずもって魅力的。
今回は入ってから4番目の部屋を具象系大作として、その中に入れていただきました。

東京展田所作品2018



写真だとよく分からないかもですが、天井の高さ4.8mで、上下をいっぱいいっぱいに使っています。
それでいて、圧迫感がないように上は空間を取っての三段がけ。
まずまずうまく行きました。

私はあと10日(水)、12日(金)、14日(日)に会場に詰めております。
何卒よろしくお願い致します。


プロフィール

キヌケン

Author:キヌケン
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横須賀は衣笠という町で絵の教室を主宰しております。
私自身は、東京藝術大学絵画科油画専攻(学部・大学院)に学びました。
個展、美術の祭典・東京展(上野)、および現代絵画シリウスというグループを結成して活動してます。

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